山手からは横浜の町が一望の下に見渡せる。
横浜の港を臨むこの地は千八百六十七年に外国人居留地に指定され、華やかな洋館が立ち並ぶ異国情緒あふれる街になった。
当時公爵の位にあった九条長持卿は私財を投じて山手に洋風建築の迎賓館を建設した。積極的に外国の客を招き、売国奴と後指を指されながらも貿易商としての地位を確立する。文明開化の波に飲まれて名家が没落していく中、九条の家は生き残った。
あの悲惨な大震災をも乗り切って、『紫陽館』は今も山手の丘にその美しい侘まいを残している。