山手紫陽館の烙印

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春陽が洩れる並木通りを黒いリムジンが走る。

九条幹久は後部シートに深々と腰かけて両手を組んでいる。日本人離れした美しい顔立ちに、長身痩躯の青年だ。彼の曾祖母はイギリス人だった。

ステンドグラスの教会の前、子供達が神父にじゃれついているのを目の端で捉えながら、幹久は微笑んだ。高級住宅街のど真中、何かあればすぐに事が露見してしまいかねない立地だ。

だが、それがいい、と幹久は思う。危ういバランスの上に身を置くと、常に自分が正しいのか試されているような気がする。

面を上げて窓の外を仰ぐ。

流れる景色の中、高い塀に遮られた深い緑の奥深く、赤煉瓦の館が見え隠れしている。

幹久の左隣に腰かけた小柄な眼鏡の少女が身じろぎした。

幹久は顔を綻ばせる。

「そんなに緊張する事はありませんよ、七海さん」

「あ、いえ、九条様。綺麗なお屋敷だな、って思ってたんです」

そう言いながらも、小西七海は緊張を隠せない。白いブラウスの裾をもじもじといじっている。

リムジンが音も無く停車した。正門は厳重に閉ざされており中の様子は伺えない。

「覚悟はよろしいですか?」

七海の手の平にじわりと汗がにじむ。

銀行の専務であった父の汚職が発覚した。父は自殺を遂げ、母は病に倒れ、山のような借金だけが残された。青山のお屋敷も軽井沢の別荘も売り飛ばした。それでも負債は無くならなかった。

だから、七海は売られて来たのだ。

「引き返すなら、今、ここでおっしゃって下さい。一度越えてしまえば、もう帰して差し上げる事は出来ません」

「大丈夫です。承知の上です」

大丈夫なんかじゃない。今も不安でたまらない。それでも七海は『そうしなければならない』と思う。

幹久はしばし、何事かを見極めるように七海の顔を見やった後、満足気に頷いた。

門がゆっくりと音も立てずに開いていく。それは『こちら』と『あちら』を隔てる結界だった。

 

(c) Okada Jun 2001-2002.