「……………秋葉」
真赤に染まった髪を生き物のように波うたせ、別人のように妖しく笑う少女。俺の見知っている秋葉では無い。それでも紛れもなく、それは俺の妹だった。
「あら、どうしたの兄さん。明日が待てなくなって、もう来てしまったんですか?」
驚きは少なかった。
――なんとなく、わかってきた。
俺の無言を威圧と取ったのか、秋葉は面白くなさそうに、歯を噛み締めた。
「琥珀ならそこよ。何を思ったのか私に手をあげてきたから、少しだけ罰を与えている所です」
秋葉の顔の向いた先へ、視線を移す。
廊下に面した壁。
支えもなく宙づりにされた琥珀さんの姿があった。
ぐったりと力無く首をうなだれている。
その異様な光景、琥珀さんの痛ましい姿を目にしても、俺の心はまるで揺らがない。
「不思議でしょう? 琥珀ったら一人で壁に張り付いているなんて、すごい特技だと思わない?」
秋葉は面白そうにくすりと微笑む。
「けど安心して兄さん。私、一回噛みつかれたぐらいじゃ飼い猫は殺さないわ。琥珀にはちょっとした罰を与えるだけで、すぐに許してあげますから」
天気でも聞くような、気楽な調子で。
俺は秋葉に尋ねる。
「なあ秋葉、琥珀さん、何か悪い事でもしたのか?」
秋葉はきつい目で俺をにらみつける。その表情に殺那、困惑が交じった。
「――――なんて、綺麗な――――蒼い、眼」
うん?
右手を眼前にかざして見る。手の平にかすかに蒼い色が落ちる。
どういう仕組みなのだろう。俺の眼がうっすらと中から蒼く光っている、どうやらそんな感じだった。
――へぇ。不思議だな。
「どうして―――? 兄さんには、そんな体力は残っていない筈なのに――――」
ほんの殺那の自失、そして。
何かを了解した彼女の双眼は赤く燃えあがった。
傍目にもそれとわかる激情。
「ま……さか」
何がどうなっているのか、まるで、わからない。
「そう…そうなのね。兄さん、貴方――――琥珀と、契約を、したんですね」
でも、わかった。何が起こっているのか、なんとなく、わかってしまった。
「貴方が…貴方がそれを聞くんですか!琥珀と身体を重ねた貴方が、何故そんな事をするのかと聞くんですか!?」
秋葉の震える声は、聞く者の心を揺さぶる哀切の響きを帯びている。
――だが、それは、俺とは遠く隔たった世界の出来事。
「すまない、秋葉」
囁くように告げる。
「何か俺が、とてもひどい事をしたみたいだから、謝っておく。でも、ごめんな。俺にはお前の気持ちは受け止めてやれない。お前が何に苦しんでいるかもわからない。俺にはこの世界の俺が何をしたのかさえもわからないんだ」
「な…」
絶句する秋葉に背を向け、俺は教室の扉をくぐる。
「だって俺は、うっかり舞台に迷い込んだ通りすがりの観客に過ぎないんだから」