ふらふらと、熱に浮かされたような気分のまま、無人の校舎をさ迷い歩く。
大急ぎで渡り廊下に駆け戻っては見たけれど、なかば予想通り、そこには誰もいなかった。アルクェイドとロアが激しい戦闘を繰り広げた、その痕跡も見つからなかった。
しん、と静まりかえった夜の学校。
人の気配がまるでしない。
かつん、かつん、と頼り無く歩く、俺の足音だけが響き渡る。
念の為に、ひとつひとつ、教室を覗いて歩いて見ても、アルクェイドもロアも、先輩も見当たらなかった。
ひどく、現実感の無い。
これじゃまるで悪い夢のようだ。
誰も彼もがいなくなって、世界に俺ひとりだけが取り残されてしまったような。
窓から差し込む月光に誘われて、空を見上げた。
ああ、今夜の月は、こんなにも綺麗だ。
煌々と世界を照らす月明かりは沈黙を降らせる。視界を動く者もおらず、物音ひとつ聞こえず、ほんとうに夢幻の如く。
眩しさに目を細め、手をかざしたところで、奇妙な事に気がついた。
――眼鏡をしていない?
さっきまでのドタバタに紛れてどこかに無くしてしまったか?
――じゃあなんで、頭痛がしない?
いつも俺を悩ませるあの刺すような頭痛はまるで感じない。それどころか、無機物にすら無節操に浮かび上がる死の線が、ひとつも見えない。
やっぱり、これは夢なんだろうか。
だとしら、どこからが夢だったんだろう?
俺を庇って先輩がロアに襲われたところ?
俺とロアが戦っていたところ?
それとも、アルクェイドがロアに殺されたところから?
――それは、なんて甘美な幻想。
なんだ、全部夢だったのか。
もしかしたら、またアルクェイドのいたずらかな?そう言えば、あいつの使い魔に、変な夢を見させられた事があったな。目を覚ましたら、枕元で、目を細めてあいつがにやにやと笑っている様が思い浮かぶ。
――またお前は勝手に部屋に入って。
――だって、志貴の寝顔って可愛いいんだもん。
――翡翠に見られたら大変だろ。いいから外に出ろよ。
――なによ、志貴は私の事、嫌いなの!?
ほんとに、しょうがない奴だよな。
口元がゆるむ。
俺の身体の奥深くで、ごそりと異様な感覚が疼いた。それは『飢え』によく似た何か。遠い昔に一度だけ感じた事のある感情。
――やめてくれ。
俺の中の俺では無い何かが『獲物』を見つけてざわり、ざわりと騒いでいる。喉が乾き、手が汗ばむ。
――このままずっと夢を見ていられればいいのに。
全身の毛穴が開くような圧倒的な皮膚感覚は俺に逃避をする事すら許してくれなかった。
月光に背を向けて。
導かれるように、背後の教室に足を踏み入れる。
無造作に床に放り出された見知らぬ少女達。
首筋には痛々しい赤い跡がついている。
赤髪の異形がその只中で、妖艶な笑みを浮かべていた。