涙の跡が見えないように念入りに顔を洗った。
そこはいつも通りの柏木家の平穏な食卓なのだと、自分に言い聞かせる。
「おはよーっす、おーどれどれ、今日もうまそうな朝飯ですなぁ!」
「耕一さん、おはようございます」
「あんたはいい加減、その遅起きの癖をなんとかしようとかは思わないわけ?」
「………………」
「お兄ちゃん、待っててね、今ご飯よそうから」
そこはいつも通りの柏木家の平穏な食卓だった。
変わらない従姉妹達の姿に、じんわりと胸が暖まった。
そうだ、何も悲しむ事は無い。
俺は微笑みながらいつもの席につく。
「耕一さん、お茶はいかがですか?」
「それじゃ一杯いただこうかなぁ」
「……………………」
「あ、もういれてくれたんだ?
ありがとう、楓ちゃん」
喉を冷い液体が滑り落ちる感触が心地よい。
「………んっ…んっ…んっ
ぷはー!
んまい!
やっぱ日本の夏はハト麦茶に限りますなぁ!」
「…あんたやっぱときどき親爺くさいよ」
乱暴者は無視無視。ごくごくごくごくごく。
「ハツネ、ご飯おかわりー」
「あ、じゃあ一緒によそっちゃうから、ちょっと待ってて、アルクェィドお姉ちゃん」
ぶーーーーーーーーーーーーーーー。
口中の液体をしこたま吹き出した。
俺の唾液にまみれた梓が拳をわなわなと震わせる。
千鶴さんはきょとんとした顔で俺を見ている。
楓ちゃんは知らぬ気に麦茶のコップを傾けている。
初音ちゃんは騒ぎに気付いていない。
そしてさも当然と言う顔をして焼き鮭をつついているのは…
「アルクェイド!?」
顎が落ちた。
「…アルク姉は関係ないだろ…あんたこの落とし前どうつけるつもりさ」
「あ、梓、落ち着いて」
"アルク姉"って誰の事ですか。
「はい、アルクェイドお姉ちゃん、お待たせー」
「おー、ハツネーはよい子だねー」
みんな何をさも当然という顔をしていますか。
「な、な、な…」
怒りに震える梓に胸ぐらを掴まれながら、俺の視線は『彼女』に釘付けだった。
これは…夢なのか?
もぐもぐと御飯を噛みながら、俺の視線を受け止め『彼女』はにかっと笑った。印象的なその八重歯。
「わたしの『空想具現化能力』は現実を組み替える本物の力だから。
志貴にはダメでもわたしには出来るってわけ。
というわけでこれからよろしく、柏木志貴君」
とける。
きんいろのひとみ、まっしろなつき、くろいよる、みんなとけてぐちゃぐちゃになる。
は、はは、はははは。
眩暈がした。
俺の名は柏木志貴。『人の死』が見えるというちょっとお茶目な能力を持った大学生。ここ隆山の高台にある洋館に美人の五人姉妹と住んでいる。
無茶苦茶だ。
これから始まる怒涛のような日々を思い浮かべて冷汗が流れた。
それでも、その真ん中には常に『彼女』がいる。
俺の愛する白衣の吸血鬼が。
俺はアルクェイドに、にやりと笑い返す。
まずは梓=秋葉のそれはそれは強烈であろう一撃を受け止めるために、深く、深く、深呼吸をした。