「まさか、生きているとはね」
アルクェイドの事など知らぬ風にロアは淡々と語る。
「死から帰ってきたものは死というものを理解できる。私とおまえは、その中でもさらに特別な能力があったケースだ」
そんなのは、つまらない、どうでもいい事だ。
「私はここに到達するのに十七回もの死を体験してきたが―――おまえはただの一度だけか。正直、才能の違いだろうな。もしおまえに転生していたらどれほどの能力になったのか、興味深くはある」
奴の言葉は俺に何の感慨も与えない。俺の胸には大きな穴があるから。
――いや、それは表現が正確じゃない。アルクェイドの身体から熱が失なわれるのと共に、俺の中から人間としての大切な何かがごっそりと抜け落ちて行ってしまった。『穴がある』のでは無く『何も無い』。それは『虚無』だから、どんな刺激にも反応しない。
だから、俺は、
「もうおしまいか?」
と呟く。
「なに…」
奴は白い顔を歪ませて俺をにらみつける。
「つまらない話が終わったのなら、殺し合いをしよう、吸血鬼。お前だって元よりそのつもりだろう」
「は、は、ははははは。姫君を殺されたのがそんなに気に障ったか?志貴。忘れてしまえ。たかが人間の男に殺され、心を奪われ、私ごときに滅ぼされてしまう姫君になど価値は無いぞ。それよりも、私達のこの素晴しい力の話をしようじゃないか」
「…………」
俺は黙ってナイフを構えた。
見つめる。世界の裏側、薄皮の下に満ちた死を。ぎりぎりと万力で締め上げるような痛みが頭の中を駆け巡る。熱い。視界、を、幾筋もの、線、が、走、る。
――ダメよ。これ以上志貴に無理はさせられない。それは、本来ありえない運動よ。だから脳が過負荷をおこして、志貴は間違いなく使い物にならなくなる。
あいつの、そんなセリフが頭の片隅をよぎった。
でも、お前がいなくて、どうせもう俺は使いものにならないんだ。だから、いいだろう?アルクェイド。
「―――なんだ?」
ロアの声に、はじめて困惑の響きが交じった。
「――おまえは、なにをそんなに落ち着き払っている?」
目まぐるしく、視界を、埋め尽く、す、白と黒、灰色、潮騒にも、似、た、ノイズ、肌の上を、歩き回る、数万匹、の、昆、虫、焦げた、鉄、腐った、ミカン。
「同等の能力を持つ以上、生物としての基本性能の違いで、おまえが私に勝てる見込みは無い。なのに何故そんな透明な目つきで私を眺められる」
はっきりとわかる、動揺。
「―や―めろ、その目で――その目で私を見るな」
深淵を見つめる者は、深淵を以って見つめ返される。
俺の中の『虚無』を覗き込もうとしたロアは、おそらくは、その何も無い淵に覗き返されてしまったのだろう。
奴がその殺那に感じた感情の名前はたぶん『恐怖』。
「だから―――その目で私を見るなと言っているだろう……!」
ロアは颶風の如く床を蹴る。
遅い。
奴は、新参者だ。
おそらく、まだ、この力の本質を、掴んでいない。
無機物をも無差別に殺せる、この力の本当の威力を、知らない。
なればこそ、この不意打ちが意味を持つ。
渡り廊下を、まるごと『殺す』。その崩壊に巻き込んで奴を仕留める。留めを刺せなくとも、奴の行動力を奪うには十分な打撃。シンプルで、それだけに効果的な策略。
世界に走る縦横の線、その集まる足元の一点に、俺は無言でナイフを突き落とした。