L'excrément du chat

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季節は巡る。

ざあざあと降りしきる雨の中、あゆは傘を差して1人、薄暗い路地裏を歩く。

ちょうど1年前、久し振りに会った父親に、がんばって練習してきたバイオリンを聞いてもらえなかったあの日、やはりこの道を歩いていた。

何度か来ようとはした。表通りまでは足を運んだ。路地裏に入ろうとしてどうしても足がすくんで動かなかった。

自分は冷たい人間だと思う。

ちびが死んだ時も涙ひとつ流れなかった。楡の木の墓標も、1度も訪ねていない。ただ、ずっと大きな喪失感を身の内に抱えていた。

ちびと会ったこの場所を、ちょうど1年後の今日訪ずれるのは、だから人としてのけじめだと思う。ここに来てちびの死を悼む事がせめてもの義務のはずだ。そうでもしなければ、自分は本当に最低の人間になってしまう。

それだけは嫌だ。

革靴が水を吸って重く濡れる。

たしか、このあたりだった。

くすんだ電柱の脇、ふにゃふにゃになった段ボールが打ち捨てられていたのはこのあたりだったような気がする。

何かを期待していたわけでは無い。

なのに、勢いよく雨水を吸い込む排水口の周りを見回し、なんとなく落胆を覚えた。

空いている方の手を顔の前に掲げじっと黙祷する。

気持ちが晴れないまま踵を返す。

……なー。

「ちび!?」

傘が舞い落ちる。

声の主はすでに姿を消していた。あるいは空耳だったのかも知れない。

あの日あの時この場所で感じた切ない想いが閃光のようによみがえる。

激しい雨の中に打ち捨てられそれでも自分はここにいるよと声を張り上げる仔猫に、あゆは父親に顧みてもらえない自分の姿を重ねて見た。

たがが外れた。

「ちび…」

始めてミルクをやった指の感触、熱を出して鳴いていた夜、くさかったうんこ、夜中にいつも布団にもぐり込んできた柔らかさ、甘い物がとても好きだった。

「ちび、ちび、ちび、ちび…」

胸が熱くなり、ただ同じ言葉だけを繰り返す。

やっと泣けた。ちゃんと泣けた。自分は冷血な人間では無かったと安堵し、そんな事を気にしている自分に腹が立つ。そうしてる間にも後から後から溢れ出すのは、どれも楽しい思い出だった。

「も、なにが、なんだか…」

混乱する頭で、泣きながら笑いながらその場にへたり込む。膝が笑ってもう立っていられない。

「ちびぃぃぃぃ」

容赦なく背中を打ちつける雨にびしょ濡れになりながら、あゆは膝を抱えて号泣する。

 

ちびという名の猫が、好きだった。

 

 

(c) Okada Jun 2001. L'excrement du chat